GT125 日記
その後の日記
その後の日記はおじさんの独り言倶楽部に移行しました。
3号機 登録
2004/04/16
バイクはバラバラ状態ではあるが、名義変更も兼ねて登録。
書類に一部不備があり手間取ったがなんとか登録も無事終了。
これでワシのもんじゃ~..
3号機 購入顛末記
[GT125-2型] (2004/02)
...また、買ってしまった...
現在、息子が乗っているGT125(2号機)は、距離はさほど伸びていないが結構調子は良さそうである。
エンジンも2~3,000rpmあたりでは吹きあがりがトロ~イ感じがするが、昔もこんな感じだったような気がする。しかし、6,000rpmを境にギューンとレッドゾーンまで伸びていく。
私の方は、CB750のキャブの分解掃除を機にちょっとしたレストアなんぞやってみようかなといろいろなパーツ集めを続けている。当初心配していたパーツ不足もエンジン内部によほどのことがない限り大丈夫そうではある。
そこで、ふと気になったのがGT125のパーツ。
パーツリストを見て十数個のパーツを注文してみたが、絶版品だらけである。社外品もマイナーなGT125では当然見あたらない。
いざとなったら、類似の部品を他車から探し出さなくちゃならないが、なにぶん古い機種のため、簡単にはいきそうにない気配である。
そんな折り、ネットを徘徊していてこのGT125を発見。部品取りとして購入することにした。
ネット上では2~3枚の写真しかなかったが、部品がとれればいいという思いがあったので、さほど程度のことについては気にせず買ってしまった..
世にいう衝動買い..いつもの私。
2月21日に届いたバイクは..バイク屋さんが軽トラから降ろしているバイクを眺めるのが初のご対面である。
フェンダー、ホイールのメッキに剥がれが出てきているが、他には致命的な欠陥はなさそうだ。しかし、結構綺麗じゃん!
バイク屋さん曰く、「バッテリーは弱っていますが、エンジンはキック一発でかかります」。
続いて書類を出してくれた。そういえば、部品がとれればよいと思っていたので書類の有無も確認していなかった。
バイク屋さんが帰って、おもむろにバイクに跨って、キック一発! お~、見事にエンジンはかかるではないか。
キーをオンにしたとき点灯しなかったニュートラルランプも点灯。 2~30メートル走ってみたがちゃんと走った。当たり前か!?
翌日、詳細にチェックしてみる。
キック一発でエンジンは始動し、始動性は全く問題なし。アクセルをあおってどこまで回るか試していると..ニュートラルランプが切れた(^^ゞ
バッテリーが死にかけていたのを忘れてた。
エンジンは、スムーズに回るし、異音もしない。ちょっと白煙が気にかかる程度か。
ガソリン、CCISオイルも満タンに入っていた。
部品取りと考えて買ったけど、売ってくれた人は現状販売のつもりだったのね。
届いたらすぐにバラしてしまおうと思っていたが、レストアすることに変更!! じっくり状態を見ながらフレームまでバラし、綺麗にしておこう。
組み立てはそのうち場所ができたらやることにしよう。なにしろ、7台目のバイクを置いたらさすがに他のバイクが出しづらいだろうし..
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| このタンクのカラーリング、私が高校生の頃乗っていたのと同じである。テープによるストライプは一部剥がれがある。 ウインカーとヘッドライトステーは後期型に交換されているようだ。 シリンダヘッド上のメッキカバー、他3~4個の欠品はあるものの、その他のパーツはそろっている。 |
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2号機 購入顛末記
想い出のGT125
高校生の時、初めて買ってもらったのがスズキ GT125。 行動範囲を一挙に広げてくれたバイクである。
2003年2月
息子が16歳になる直前、それまでバイクには全く興味を示すそぶりすらしなかったのに、突然バイクの免許が取りたいと言い始めた。
そういえば、XJRのマフラーを交換したとき、「いい音だね」と言ってきた。伏線だったようだ。
庭にバイクが4台、土、日曜になるとおとーちゃんとおかーちゃんがそのバイクに乗って出かけるのを見ていたらやむを得ないか..
「バイクは危ない」という言葉が通じるはずもない。
それに、私が高校生の頃バイクの免許を取らせてもらってバイクまで親に買ってもらってたことも知ってるし..まぁ、免許をとるのは良いでしょう。
んが、やはり、息子がバイクに乗るのを想像すると怖い物がある。よく、私の両親も免許をとらせてくれたものだ。
免許を取ったら乗りたいだろうなぁ~。
我が家の4台のバイクのうち、限定免許で乗れるのはブロンコのみ。これを狙っているな。
しかし、我が家のバイクの任意保険は全て30歳未満不担保。 ..インターネットで不担保特約をとった保険料の相場を見ると数万円UPは必至。
2年間乗るとすると10万円以上が消えていくことになる。
息子に見せるとあきらめざるを得ないと納得したようだ。
で、終わってもなぁと、車の保険に家族原付特約をつけるといくらアップするのか調べて見ると、わずか数千円のUP。 125ccまでなら安価にあがる。
ちなみに、私は数年前から雑誌やインターネットを見るとついGT125を探していたのである。年に1?2台は見かけることがあったが、遠方であったり、部品取り車であったりもした。
つい1~2ヶ月前もGT125を置いてある店が2軒、それも比較的近くにあることを調査済みなのであった。 しかも、1軒は一度でかけていって実物まで見ているのであった (^^;
スクーターはいやだと言っていた息子も昔の写真やらインターネットのホームページの写真を見せると乗り気になってきて、CB750を買いに行くついでに見に行くかと声をかけるとすぐに話に乗ってきた。
おそらく、私が買った後の1977年くらいのモデルで、機関の状態は不明だが、二十数年前のバイクにしては外装は非常に綺麗である。車庫に大切に保管されていたものだろう。
息子も予想以上に気に入ったらしく、家に帰っても「いいねぇ」の連発である。
息子が乗らなくなったら綺麗にして飾っておくのもいいだろうということで、購入決定。
納車
旧車専門店ではないので、バイク屋さんも整備後少し乗ってみたいということで納車まで少し時間がかかった。
いよいよ、3月29日納車、というか、引き取りに行った。以前住んでいたところの近くで現在の家からは約70km。 無事帰り着けるか!?
諸手続も終わって、GT125に跨る。お~、なつかしや。小振りであるが、ブロンコと同じような感じである。
フロントのオイルシールは交換してくれたようだ。
エンジンも暖気しておいてくれたようで、キック一発でエンジン始動。
クラッチの遊びを自分の好みに調整し、ミラーを調整してもらう。 んじゃ帰ろう!!
何せ、二十数年前のバイクなので無理は禁物。しばらくは、5,000rpmを越えないようにボツボツと..
後ろは、おかーちゃんが運転する車なので文句は言われない。
トラブル
バイク屋さんを出てまもなく3kmというところで、早くも渋滞にはまってしまう。
さあ、発進しようとするとアララ、エンスト。ところが、2~3回キックを踏んでもエンジンがかからず、やむを得ず路肩によせて、さらに、キックを踏むがエンジンがかからない。
アレ?ギヤが入っているとエンジンがかからないんだっけ?
ニュートラルに入れようとするが、ニュートラルランプがつかない。しかし、ギヤはニュートラルに入っているようである。
ウン?試しにウインカーを点けてみるがつかない。
サイドカバーを外してみると新品のバッテリーが見える。バッテリーからの線をたどってヒューズを見たら真ん中でプツッと切れていた。
この時代のバイクは今のブレード形と違ってガラス管のヒューズである。管の中は、大電流が流れて切れたような飛び散り方をしていないため、おそらくは劣化による切断であろう。
電装系は心配していただけに、わずか2~3分で原因究明完了。しかし、予備のヒューズがついていない。
早速バイク屋さんに電話して予備のヒューズを持ってきてもらった。
ヒューズを取り替えると難なくエンジン始動したが、念のため予備のヒューズを2~3本もらって、再出発。
長期間保存してあったのであろうから、オイルが各部に回ったり、擦動部が落つくまで約20kmほどエンジンの回転数にも注意をしながら走ってみたが特に問題はなそさうである。
スピードメーターもタコメーターもぶれなく動いている。 ..ただし、正しい値を示しているかどうかは不明..
快調
排気量124cc、16PS/9,500rpm、1.3kg-m/8,500rpmのエンジンでレッドゾーンは10,000rpm、さすがに5,000rpmまでに留めていると発進はもたつくし、流れについていけない。
どうせ、故障するなら早いうちに発見して修理せねばと、ちょっと様子を見るため回転をあげる。
6,000rpm前くらいからエンジン音がかわり、パワーが一気に出てくる感じである。さすが、2ストローク。6,000rpmからレッドゾーンまでもスムーズに回ってくれるし、何とか流れにもついていける。ただし、ステップに伝わる振動は凄いものがある。
エンジンからの異音もなく、ハンドルや車体のブレもない。5,000rpmを越えたところで少しフロント部から何かのビビリ音が聞こえるが、異音ではない。
ならば、後はエンジン回し放題で帰ろう..
ただし、フロントのディスクブレーキは鳴きはないが効きが悪い。慎重に帰らなければ。まぁ、悪いといってもブロンコと比べて若干劣る程度には効いている。リアブレーキはブロンコ以上に効いているかも..
ヘッドライトのON/OFFスイッチもあるが、点灯したままにしておいた。結局、渋滞等もあり、70kmの道のりを3時間半かかって無事到着。
あたりは暗くなっていたが、ウインカーを点けてもヘッドライトが暗くなるようなこともない。一応充電もできているようである。
残すはタイヤである。前後のタイヤともに側面にヒビ割れが始まっているが、旧車専門店でないのでどの程度の調子で走れるバイクに仕上がるか分からなかったのであえて交換は申し込まなかった。そのうち交換しよう。
ということで、引き取り兼各部のチェックは無事終了である。
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タンクのカラーリングと車体に貼られた「 ちなみに、私の最初のGT125は1975年型。サイドカバーもタンクと同色だった。 |
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メーターは、退色もなく非常に綺麗なものである。交換されたものかも知れないが、何年も車庫保管されていたものだろう。 |
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ラムエアーヘッド上のクロームメッキ部に錆がでているが、エンジンも綺麗な物である。 |
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エンジンを大きく見せるラムエアーヘッド。縦の溝のある部分がラムエアーヘッドである。 |
1号機 購入顛末記
[GT125-2型](1975年5月)
高校1年の10月頃、バイクの免許を取ろうと自動車学校に行くと年末まではいっぱいの状態であった。
クラスでは約半数が校則違反の免許所持者で、これまた校則違反のバイク所持者が増加していた。
やむなくすぐに取れる原付の免許をまず取ってみた。..校則違反者の仲間入りとなってしまった。
冬休みには郵便配達のアルバイト。2~3日は郵便局のおじさんの後ろをついて道順を覚えることになった。
局から離れた地域での配達とあって郵便局のおじさんは赤いカブ、こちらは自前の自転車。
郵便局のおじさんも気にかけてくれるが、さすがについていくのはきつい。
自宅近辺であったため、昼休みに家に帰っておとーちゃんに話すと、会社のカブを借りてきてくれた。
雑誌で運転の仕方を読んだことがあるが、実際に乗るのは初めて。
とりあえず、エンジンのかけかただけ教えてもらって家を出た。
..わずか1~2分の講習であった。今考えればうちのおとーちゃんもよくエンジンのかけ方だけ教えて出発させてくれたものだ。
アクセルの回し方が雑でギクシャクしたり、ロータリー式のギヤシフトであるため3速→ニュートラル→1速で急な減速をしたり..
まぁ、2~30分もすれば慣れたが、緊張のしっぱなしで郵便配達の道を覚えるどころではなかった。
こんな訳で、まさに本を読んだだけで誰に教わることもないペーパードライバーが生まれたのであった。
年があけて早々に自動二輪免許取得。
教習所にあったスズキのバイクは左キック式。まぁエンジンはいつも暖められていたこともありなんとか始動することはできたが、やはり左キックは難しい..
高校2年生になった5月、スズキGT125を購入。と言っても貯めた小遣いや短期間の郵便配達のバイトでは買えるようなものではない。買ってもらったというのが正しいところ。
スズキ GT125。 行動範囲を一挙に広げてくれたバイクである。
学校から帰っては毎日のように乗り回していた。
当時、鉄道写真を撮り始めた頃だが、何せ、足となるのは自転車。鉄道沿線まで7~8kmの距離であったが、高架化が進み写真を撮れる場所を探すにはさらに遠くまでいかなければならず一苦労だった。
その昔、山陽本線糸崎駅に隣接した機関区には蒸気機関車がたむろしていた。しかし、私が写真を撮るようになった頃には電化進みすでに蒸気機関車はいなくなっていたが、一度は訪れたい駅であった。
その糸崎駅まで約30km。バイクに乗れるようになってやっと訪れた時には、雑誌に載っていたような活気ある機関区ではなくなっていた。
とある日、某所の駐輪場にバイクを止めて用事をすませ、戻って来てバイクに跨ってビックリ!
タンクがボコッとへこんでいた。しかももの凄いへこみようだ。バイクを止めたところがコンクリートブロックで作ってある花壇のすぐ隣だったため、誰かが倒してブロックの角でタンクがへこんだのである。
バイクは元通り立てらせてあった。これが、バイクが倒れたままコンクリートブロックとタンクがくっついたままの状態だともっとショックが大きかったかもしれない。ヂグジョ~
ちょうどその頃、車購入の商談中であったため、そのローンとバイクの修理や維持は経済的に両立しないだろうと思い売却。 タンクがへこみさえしなければもう少しバイクも手放してはいなかったかもしれない。
約2年間の所有であった。
色あせた写真しか残っていない..









